1章 『白羽択人』
「――ウイングッッ……ヴォリターレ!」
……みなさんは、自分の体を自動操縦されたことがありますか?
「ハッ! 数を増やしたところで!!」
僕にはあります。現在絶賛操られ中です。あ、ほら。今も右手がパンチを繰り出した。
「……ん? どうした、択人。ボーッとして」
こんな声も直接頭に響いてきます。身体を共有している。
この宇宙人、ウイングと僕はそういう関係です。
「なんだ? 悩み事か? 私に聞かせて……みせろよっ!!」
あ、今度はキックで目の前の白衣連中を吹っ飛ばしました。痛そう。
戦ってる時はほぼウイングに任せっきりなのですが、思考はある程度伝わってきます。
だから色々と分かるんです。あ、コイツ今やばいこと考えてるって。
『ちょっと待ってウイング! あの技は嫌だって――!!』
「多対一には、これが1番手っ取り早いんでな!!」
瞬間、身体が宙に浮かび身体が脊椎を軸として回転し始めます。
「ウイング……螺旋突!!」
白衣の群れに突っ込んだ僕たちは、爆発の中に立っていました。
「チィ、ネイビーマシンは……やはり逃げたか」
ウイングが見てるものは、僕が見てるものでもあります。奴の行方を探しますが、見つかりません。
最近早稲田で人を襲う機械仕掛けの怪人、僕らの最近の相手は専らソイツです。
その紺色の装甲からネイビーマシンと僕らが勝手に呼んでる怪人には、また逃げられてしまったようですが、奴が連れてきた白衣の連中は無事人間の姿に戻ったみたいです。めでたしめでた――
「ウッッウエエエエエエ!!!」
『はは! 択人、君も慣れないな! 私と離れた途端にそれか!!』
「酔い易い体質なんだよ! 馬鹿ウイング! ウッ……」
またくらつきが襲ってきたので、僕は近くの水道に駆け込み、肌色に戻った自分の手で水を掬って顔を洗います。
『あーあ、拭くもの何もないぞ? 仕方ない、ほら』
僕が顔を上げた途端、突風が吹いてきました。
精神体に戻った目の前の宇宙人は、どうやらドライヤーの代わりをやってくれているらしいのですが、さっきの回転を思い出す強風は、むしろ体調不良を加速させます。
「ぐおおおお!! いい、いいってば! 服で拭くから! もう!」
『「服で拭く」…? おお、それはダジャレというものだな、知ってるぞ? この前テレビでやっていたからな! なかなか上手じゃないか!』
あんな嫌な技をすると分かっていても、止められないから困ってしまいます。
こういうのがあるから、本当、繋がってるって―
「あー……不便だよなあ」
それは、僕の独り言でした。
「早稲田戦士ウイング。2015年に宇宙からやって来た翼の戦士。宇宙では怪獣ハンターとして独りで戦っていたが、地球に、早稲田に来てからは『早稲田戦士』として仲間たちと共に戦う。地球上では単体で本来の力を発揮することが出来ず、人間の身体を借りることで変身が可能になる。そのため、これまで数人に憑依し、その身体を貸してもらってきた」
僕はケータイのメモをそこまで読んでやめた。このメモは、ウイングに憑かれた当初にトシキさんから聞いた話をそのまま書いた物だ。だから……1ヶ月前くらい?
トシキさんというのは、僕のゼミの先輩であり同時に、かつてウイングと一緒に戦っていた人。今日はそんな縁から、彼とその彼女さんを交えて3人で飲み会をしていた。
2017年9月9日土曜日、そろそろ日曜日を迎えるこの時間帯の高田馬場駅周辺は、はっきり言って地獄だ。
奥に見えるビッグボックスの手前では、肩を組んでる学生がアルコールに任せて大声で歌い合い、それを駅に向かう大人が呆れた横目のまま通り過ぎる。
近くにある交番では、警官たちが酔っ払いの対応をしている。非常に厄介そう。お仕事、お疲れさまです。
少し手前に視線をズラすと「平和の女神像」という皮肉としか思えない名前のモニュメントがある。
その下では、恐らく学生であろう連中が楽しそうに談笑していて、端の方ではお酒を口実に関係を進展させようとする下心の男女らの姿も見えた。
そしてさらに手前、今僕が座り込んでいる所。ここが最底辺、飲み過ぎた酔っ払いの墓場だ。
植え込みに沿って多くの若者がお酒にやられて倒れ込んでいる様子は、死屍累々という言葉が相応しい。
勿論僕だって、こんな所に居たくて居るわけじゃない。ロータリーの奥の方に居るトシキさんたちと合流する選択肢だってある。さして遠くはない。
よし、じゃあそろそろ「スイマセン、トイレ、混んじゃってて」みたいな感じでにこやかに合流することにしようか。
「……」
動けなかった。つまり、僕も酔っ払いだった。選べない選択肢は選択肢とは言えない。文字通り仕方なく、僕はこの酒飲みの墓場に座っていたのだった。
「うぅえ……気持ち悪……」
現在僕に憑いているはずのウイングは、トシキさんたちと歓談中。久々に会ったということで、とても盛り上がっていたようだった。
だったら、邪魔しちゃ悪い。
というわけで、僕はトイレに行くと嘘までついて一人で頑張っている。
…そして問題は、僕の体調は悪化の一途を辿っているということだ。
「うううう……友子さん……恨みますよ……」
友子さんとは、つまりトシキさんの彼女。社会人1年目。
僕が今日の飲み会に(半ば無理やり)参加させられたのも、そして人生で経験したことのない大量のアルコールを摂取出来たのも、間違いなく彼女のおかげだった。
「ちょっと択人くん! ウイングと一緒に戦ってるのに、こんなんで潰れちゃうの!? ダメダメ、まだ行けるでしょ、ほれほれ!」
……これ以上思い出すと、恨みと吐き気が加速する気がする。やめよ――
「!?!?」
その時、胃の辺りで劇的な不快さが巻き起こった。
そいつは今にも食道を逆流しそうで、思わず植え込みに顔を突っ込んだ。
ダメだ、マズいマズいマズい。
こんなとこでやらかしたら、人に迷惑がかかる、誰が掃除すると思ってる?お前はあそこで騒いでる奴らとおなじになるのか――!
「……」
人の信念とは脆いものだった。所詮身体生理に勝てはしない。
……アスファルトじゃなくて植え込みの土の上だったんです。許してください。
僕は心の中で明日ここを掃除するであろう人に懺悔した。
「……あー……」
胃の不快感を排出したことで体は幾分楽になったが、それよりも精神が痩せ細っていた。
はぁ……心細い。
「でもなぁ…あんなに楽しそうだったしな……」
あと少し、僕だけでやり過ごそう。
そう寂しく俯いた時、頭上から女性の声が降ってきた。
グチャグチャだった脳内を貫く澄んだ声。
「あの、大丈夫……?」
それが、光ヶ丘咲良と僕の、最初の触れ合いだった。